天草白磁・シルバーオーバーレイアクセサリー
作品ギャラリーページ内の「カートに入れる」ボタンをより、ご注文ページへ進むことができます。ぜひ作品ギャラリーもご覧ください。

結婚20年目の「磁器婚式」
結婚25年目の「銀婚式」
のプレゼントに天草白磁のアクセサリーはいかがですか。


 トップページ
 
 天草白磁のペンダント
  天草白磁のリング(指輪)
 
 天草白磁
  天草陶石とは
  天草の磁器産業
 
 シルバーオーバーレイとは
  シルバーオーバーレイの発祥
  天草白磁とシルバー
 
 メールでのお問い合わせ
 
 アクセサリーKOIKEについて
 

小池 喜久子

アートクレイシルバー/シルバーオーバーレイ作家
熊日カルチャー講座講師
天草のものづくり合同展示会「四郎の玉手箱」主催
天草白磁の会 代表


1955年熊本県生まれ。89年よりクレイクラフトの製作を始め、94年に講師の資格を取得。その後パンフラワーに挑み、98年にアートクレイシルバーの指導インストラクターの資格を取得。地元RKK学苑(天草教室)他、本部講師として沖縄、鹿児島、熊本市内で講座を開催。2000年から陶芸・絵画などをはじめとするさまざまなジャンルの作家たちとの異種合同展「四郎の玉手箱」(本渡市教育委員会・市町長会・商工会後援)を主催。


1998年 RKK学苑開講
1999年 「純銀製アクセサリー2」出版記念奨励賞
2000年 アートクレイワールドアクセサリーコンテスト奨励賞
読者が選ぶサンケイリビング新聞社賞
「純銀製アクセサリー3」掲載
2001年 第14回熊本県民文化祭「金工芸」奨励賞
2002年 「銀と白磁のアクセサリー」掲載
2003年 「アートクレイシルバーで作る花モチーフのアクセサリー」掲載
2004年 アートクレイ倶楽部 功労賞受賞


白磁がはじめて焼きあがった時の感動は忘れられません。これからも「天草の白い宝石」をさまざまな技法で展開していきたいと思います。

朝日新聞掲載記事



作品ギャラリーページ内の「カートに入れる」ボタンをより、ご注文ページへ進むことができます。ぜひ作品ギャラリーもご覧ください。

結婚20年目の「磁器婚式」
結婚25年目の「銀婚式」
のプレゼントに天草白磁のアクセサリーはいかがですか。





天草陶石

「天下無双之上品に御座候」。天草陶石を語る際にたびたび引用されるこの一文は、 1771年、殖産興業に注力していた平賀源内が西国郡代に提出した建白書「陶器工夫書」の書き出しに記された言葉です。
当時、高級な磁器は海外から輸入されていたのですが、この陶器工夫書には「輸入した焼き物に使われている土よりも上質だが、当地の焼成技術は未完成である。技術を習得することで高級な焼き物を輸入する必要がなくなり、国の経済にとっても有益となる」と記されています。
そして現在でも、天草陶石は「天下無双の上品」として全国へ流通しているのです。

 


「天下無双の上品」、天草陶石を産出する 天草群島の陶石脈は主に天草下島西部に分布しており、海岸線に沿って海岸脈と村山脈が2本平行にのび、その東側には南北に走っている皿山脈があります。


数々の賞を受賞し、歴史小説家、エッセイストとして活躍した司馬遼太郎。彼の晩年の紀行文、「街道をゆく 島原・天草の諸道」(朝日文庫)では、天草の陶石についてこう記しています。

「天草灘に面した下島の西端数十キロに渡って産し、ほとんど無尽蔵だという。要するに私どもが南を目指しているこの道の左岸の山中には陶石の山が多く、陶石街道とさえ言えそうである。」

天草下島西海岸沿いには、現在でも採石場や陶石事業所が点在しており、最高級の陶石を生産し続けています。



天草灘に面した道、国道389号線は天草下島の北に位置する苓北町から、南端の牛深へとつながる道です。西を見ると海、東を見ると切り立った山。

  


司馬遼太郎の言葉に「この耕地が極端に少ない島の人々に対し、天が憐れんでただ1つだけの産物を与えたのが陶石であるかと思えるほどに、その道では結構なものであるらしい。」
とあるように、切り立った山と海に囲まれた天草西部の村々では、江戸中期より陶石産業と磁器産業を地域ぐるみで推進してきました。

天草陶石が「陶石」として利用された最古の磁器は、現在の本渡市楠浦町にあり、1596年〜1629年頃に創業されたと言われている「楠浦古窯」より出土した「染付雲龍見込荒磯文碗」とされています。「染付雲龍見込荒磯文碗」有田をはじめとする肥前焼の各窯で主に東南アジア諸国に向けた輸出用として生産されていたものです。



「日本陶磁器史論」(北島似水著 S54年 9/30)に、 正徳2年(1712年)頃、横石藤七兵衛により平戸領江上村字三ツ嶽(木原山)の「アジロ土」と呼ばれる原土と天草陶石を混和し、陶土としての利用がはじまったという記述があり、 また同じ頃、肥前大村領長与(現長崎県西彼杵郡長与町)で天草陶石を用いて磁器を焼成した記録があります。

天草陶石は今から約300年もの昔から有田をはじめとする肥前各地の磁器窯へ供給されていたのです。


近代では、1914年(大正3年)瀬戸地区への販路拡大のため陶器原料株式会社が設立されており、瀬戸地区への原料供給における太いつながりを持っていました。

 


1596年〜1629年頃 楠浦古窯操業開始(現本渡市楠浦町)

1637年 天草・島原の乱勃発

1638年 島原の乱終結
        幕府の政策により、壊滅状態となった天草諸島へ九州、四国、中国地方より多数の移民。

1639年 鎖国が開始される

1641年 天草、天領となる

1650年 内田皿山窯、磁器生産開始

1728年 時の高浜村庄屋により、高浜砥石採掘開始

1762年 同庄屋により、高浜焼操業開始

1771年 平賀源内、陶器工夫書を西国郡代へ提出

1778年 天草磁器の輸出に向け、長崎出島に出店

1792年 雲仙眉山噴火 島原藩、肥後藩あわせて14000人強の死者

1804年 加藤民吉、瀬戸より天草へ陶石の研究に訪れる

1817年 企業としての天草陶石販売開始

1897年 都呂々にて陶石採掘を開始

1914年 陶器原料株式会社設立される。これにより、瀬戸地方への天草陶石販売網が整う

1932年 与謝野鉄幹、与謝野晶子夫妻、
高浜焼窯元上田家に逗留



作品ギャラリーページ内の「カートに入れる」ボタンをより、ご注文ページへ進むことができます。
ぜひ作品ギャラリーもご覧ください。

結婚20年目の「磁器婚式」
結婚25年目の「銀婚式」
のプレゼントに天草白磁のアクセサリーはいかがですか。

 

 

〒863-0023 熊本県本渡市中央新町11-14  アクセサリー KOIKE   TEL/FAX 0969-22-3865
   URL : http://www.amakusa-hakuji.com  E-mail : info@amakusa-hakuji.com